メルセデス・ベンツの販売店をよくよく調べていると、メルセデス・ベンツ〇〇〇という販売店名に加えて、「株式会社シュテルン〇〇〇」という名前を目にしたことはありませんか?そのような時に「シュテルンとは何?」、「メルセデス・ベンツ正規販売店なの?」、「ヤナセとは違うの?」そう疑問に思われる方も少なくありません。しかし、実はシュテルン系の正規販売店は全国各地に多く存在しており、関西でも、正規販売店の約半数が「シュテルン」なのです。本記事では「シュテルン」の意味や、誕生した背景、メルセデス・ベンツ日本法人、日本国内のメルセデス・ベンツ正規販売店ネットワーク、そして弊社、株式会社シュテルン天王寺の歩みについてご紹介します。
記事内容
- 「Stern(シュテルン)」、それは星を意味する言葉
- 日本におけるメルセデス・ベンツ事業の歴史
- 世界各地の生産工場からメルセデス・ベンツが正規販売店に届くまで
- なぜ、メルセデス・ベンツ正規販売店ネットワーク「シュテルン」は作られたのか
- 時代の転換期に誕生した、日本の「シュテルン」
- 1989年を代表する一台「300 E(W124)」
- 私たち株式会社シュテルン天王寺の歩み
● 「Stern(シュテルン)」、それは星を意味する言葉
「シュテルン」という販売会社の名称は、実は日本独自の文化です。ドイツ語で「星」を意味する"Stern"はメルセデス・ベンツのシンボルであるスリーポインテッド・スターに由来しており、メルセデス・ベンツにおいてブランドを象徴する際に、よく使用される言葉です。ですが、海外では販売会社名として使用されることはありません。日本では、国内の正規販売店ネットワークの証として「シュテルン」の名称が使用されています。シュテルン〇〇〇の販売会社は、関西2府4県(大阪・兵庫・京都・奈良・和歌山・滋賀)のメルセデス・ベンツ新車販売店31店舗の内、15店舗を今日現在で運営しており、全国的に見ても半数に近いメルセデス・ベンツの店舗が実はシュテルン系の販売会社なのです。各シュテルン法人は経営も資本も独立しており、各地で地域に根差した事業体制を構築しています。
● 日本におけるメルセデス・ベンツ事業の歴史
1986年、メルセデス・ベンツ日本株式会社(現:合同会社)が独ダイムラーベンツ社(現:メルセデス・ベンツ社)100%出資で設立され、日本におけるメルセデス・ベンツの輸入を一挙に担うようになります。1988年に新たな正規販売店ネットワークとして、「シュテルン」ネットワークが開始され、日本国内の販売・サービス網の拡充を進める一方、1991年~1992年にかけて、茨城県日立市に新車整備センター(VPC)や千葉県習志野市に部品センター(PDC)及びトレーニングセンターを建設。更に2014年には愛知県豊橋市に新車整備センター(VPC)を開設します。メルセデス・ベンツ日本とシュテルンネットワークの設立以前は、メルセデス・ベンツの日本法人がなく、各インポーターが審査をクリアすれば、メルセデス・ベンツを輸入し販売することができました。その当時から現在までメルセデス・ベンツの販売を継続している会社が、主にシュテルン系以外の正規販売店なのです。
● 世界各地の生産工場からメルセデス・ベンツが正規販売店に届くまで
メルセデス・ベンツは、ドイツだけで生産されているわけではありません。現在ではドイツをはじめ、アメリカ、ハンガリー、フランス、スペイン、オーストリア、南アフリカ等、世界各地の生産拠点で車両が製造されています。各工場では、メルセデス・ベンツが定める世界共通の品質基準に基づき、一台一台が厳しい品質管理のもとで生産されています。そのため、生産国が異なっても、メルセデス・ベンツとして求められる品質や性能に違いはありません。世界各地で生産された車両は、日本へ入港し、茨城県日立市か愛知県豊橋市の新車整備センター(VPC)にて新車整備とアクセサリー等の取り付けが実施されます。こうしてメルセデス・ベンツ日本を経て全国の正規販売店へ届けられます。正規販売店は、その一台をお客様へ安心してお乗りいただける状態に更に整え、納車後のカーライフまで一貫してサポートする役割を担っています。
画像:ジンデンフィルゲン(ドイツ)のメルセデス・ベンツ工場
● なぜ、メルセデス・ベンツ正規販売店ネットワーク「シュテルン」は作られたのか
メルセデス・ベンツの日本法人と正規販売店ネットワークができる頃、車両にはABS、電子制御燃料噴射、自己診断機能等が次々と搭載され、高性能化・電子制御化が急激に進んでいました。車両を適切に販売・整備する為には、従来の販売体制では十分といえない時代を迎えていたのです。そこで、メルセデス・ベンツは日本市場におけるブランド価値を長期的に守り、お客様へ世界共通の品質を提供する為に、日本法人の設立と販売店ネットワークの整備を進めます。どの販売店を訪れても品質の高いサービスが受けられること。専用設備、純正部品と専門的な教育を受けたメカニックによる適切な整備が受けられること。ご購入後も次のお乗り換えまで安心してお任せいただけること。こうした一貫した体験を実現することが、正規販売店ネットワーク「シュテルン」の大きな目的だったのです。
画像:Eクラスステーションワゴン(W 124/1986年日本発売)
● 時代の転換期に誕生した、日本の「シュテルン」
正規販売店ネットワーク「シュテルン」が本格的にスタートしたのは1989年。実はこの年は、世界の歴史においても大きな転換が起きた年でした。1989年11月に、東西冷戦の象徴とされたベルリンの壁が崩壊し、ドイツ、そして世界は新たな時代へと歩み始めたのです。一方、日本では同年、メルセデス・ベンツが全国で正規販売店ネットワーク「シュテルン」の展開を本格化。ブランドイメージやサービス品質を統一し、お客様へ世界基準の販売・アフターサービスを提供する体制づくりが進められました。株式会社シュテルン天王寺も、そうした1989年という節目の年に関西初のシュテルン法人として創業しました。時代の変化とともに歩み始めたその歴史は、現在まで受け継がれ、お客様へ安心と信頼をお届けする基盤となっています。
● 1989年を代表する一台「300 E(W124)」
「シュテルン」ネットワークが本格的にスタートした1989年はバブル景気真っただ中。多くの輸入車が嗜好される中でも、特別な存在がありました。それは、その頃、日本で高い人気を誇っていた「300 E(W124)」で、初代Eクラスにあたる車です。アウトバーンで鍛えられた高速安全性と耐久性、流行に左右されないデザイン等から、多くのオーナーを魅了しました。現在でもメルセデス・ベンツを代表する名車の一つとして語り継がれています。当時のメルセデス・ベンツは現在のような「Cクラス」「Eクラス」という呼称ではなく、1993年頃から車名体系が見直され、「230 E」は「E 230」、「190 E」は後継モデルの「Cクラス」へと受け継がれ、現在のネーミングへ発展していきます。
画像:300 E(W 124/1985年日本発売)
● 私たち株式会社シュテルン天王寺の歩み
1989年、私たちはメルセデス・ベンツ日本と正規販売店契約を結び、関西初のシュテルン法人としてメルセデス・ベンツ天王寺(大阪市天王寺区)とメルセデス・ベンツ堺北(堺市堺区)を開設しメルセデス・ベンツ事業を開始いたしました。その後、メルセデス・ベンツ伊丹(兵庫県伊丹市)、メルセデス・ベンツ豊中(現:メルセデス・ベンツ北大阪/吹田市泉町)の他、サーティファイドカーセンター(認定中古車センター)を開設し、現在に至ります。私たちは、メルセデス・ベンツという最高の製品を最高のサービスでお届けする為に可能な限りの努力を尽くすことを使命としています。これからもお客様との末長いお付き合いを目指し安心と信頼をお届けして参ります。
まとめ
「シュテルン」とは、単なる販売会社の名称ではなく、日本におけるメルセデス・ベンツ正規販売店ネットワークを象徴する名前です。その誕生の背景には、メルセデス・ベンツが世界共通の品質とブランド価値を日本でも実現したいという想いがありました。現在、全国各地のシュテルン法人は、それぞれ独立した経営体制のもとで地域に根差した事業を展開しながら、メルセデス・ベンツが掲げる世界基準の販売・アフターサービスを提供しています。株式会社シュテルン天王寺も、1989年の創業以来、関西初のシュテルン法人として、お客様一人ひとりに安心と信頼をお届けできるよう努めてまいりました。これからも私たちは、全国のメルセデス・ベンツ販売会社と共に、メルセデス・ベンツ正規販売店としての誇りと責任を胸に、最高の製品とサービスを通じて、お客様の豊かなカーライフを支えてまいります。
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- 本記事で紹介する内容は、調査時点(2026.06)の内容で、現在と異なる場合があります。